
かわら版 No.1523 『福田元総理のご逝去を悼む』
2026/11/02
10月22日、福田康夫元総理がお亡くなりになりました。私にとっては早大政経学部の大先輩です。衆院初当選も福田先輩は90年、私は93年。内閣総理大臣には先輩は07年9月に第91代として、私は2011年9月に第95代として就任しました。
出自も所属政党も異なりますが、私は福田元総理の後を追うように政治経済を学び、政治家人生を歩んできました。ですから、元総理の現役時代に直接交わる機会はほとんどありませんでしたが、私は一方的に親近感と尊敬の念を抱いていました。親しくご指導を仰いだのは、元総理の政界勇退後です。
きっかけは偶発的でした。総理経験者も含め多くの方々がご招待された宮中行事が終わり、参加者が会場の2階から階下へ移動中でした。福田元総理の足がもつれ落下しそうになりました。
たまたま元総理のやや前方にいた私が異変に気づき、前のめりに降下しつつあった元総理を全身で受け止めました。元総理は顔面を横の壁にぶつけメガネが飛んだりしましたが、転倒はせず大事には至りませんでした。
その後2~3か月経った頃、「貴男には助けられた。御礼がしたい」とご連絡が入りました。律義で義理堅いお人柄でした。そして、元総理の行きつけのレストランで楽しく有意義に会食させていただきました。「戦争をしないための外交」を熱く語られている時、政治家としての強い信念がひしひしと伝わってきました。
2007年11月、福田総理と民主党の小沢一郎代表との間で「大連立」の動きがありました。当時広報委員長であった私は、党役員会で反対の論陣を張り頓挫させました。もっと早い時期に元総理と知己を得ていたなら…。会食中にそんな思いが頭の中をよぎりました。
日中関係が冷え込んでいる折柄、外交を重視し中国との太いパイプを有する福田元総理への期待は大きかったと思います。それだけにこの時期のご逝去は誠に残念です。
中国のみならずアジアとの近隣外交を重視していた福田元総理は、日本が10月2日に開かれた主要7か国(G7)オンライン首脳会議に欠席したことをどのように思われていたでしょうか。アジアで唯一のG7メンバーであるという自覚の欠如を憂いていたに違いありません。
しかも、高市総理がG7欠席の理由を「欧米のディーゼル価格などが議題だったから」と説明していますが、地球温暖化や原油高と関わる重要テーマです。かつて同テーマの下で洞爺湖サミットの議長を務めた福田元総理には、看過できない言い訳だったように思います。
以上のような様々な思いを胸に、10月30日、元総理のご葬儀に参列し合掌してきました。